親鸞聖人わあるど

『親鸞聖人』アニメに学ぶ 聖人の歩まれた道

出家得度

青蓮院
京都・青蓮院
左の建物に親鸞聖人が出家得度なされた御得度之間がある

 

「明日ありと思う心のあだ桜
  夜半に嵐の吹かぬものかは」
 (アニメ『世界の光・親鸞聖人』第1部より)

「仏教は年を取ってから聞くもの」
「自分はまだ若いから聞く必要がない」
 幾つになってもこのように思っている人ばかりのようです。

 ところが親鸞聖人は、わずか九歳で仏門に入られました。そのお気持ちは、出家の際の次の歌に表れています。

「明日ありと 思う心の
  あだ桜 夜半に嵐の
     吹かぬものかは」

 これは、「得度の式は明日」と告げる慈鎮和尚に、聖人が詠まれたお歌といわれています。

" 今を盛りと咲く花も、一陣の嵐で散ってしまいます。人の命は、桜の花よりもはかなきものと聞いております。明日と言わず、どうか今日、得度していただけないでしょうか"
とおっしゃっているのです。

「明日がある」とだれもが信じて生きています。本当にそうでしょうか。
 救急車のサイレンを聞かない日はなく、朝元気に出掛けた人が、毎日何人も交通事故で命を落としています。
 阪神大震災の時などは、早朝、机で勉強していた姿勢のままで亡くなっていた受験生もいました。私たちと同じく、死ぬなんてユメにも思っていなかった人たちばかりではないでしょうか。

「出息入息 不待命終」
" 出る息は入る息を待たず、命終わる"
と釈尊は説かれています。

 吐いた息が吸えない時から後生が始まります。吸う息吐く息が、死と触れ合っていることが知らされます。今晩死ねば今晩から後生。いやそれは一時間後、一分後かもしれないのです。次の瞬間にも後生へ突っ込んでいくかもしれない。これが私たちの実相でありましょう。

 ならば、「年取ってから」などと言っておれるものではありません。

 私たちにとって最も急ぐべきことは生死の一大事の解決であると、聖人は教えてくださっているのです。

 

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